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【COCOON】コクーンシティー・歴史ゆる散歩① 製糸の街・大宮

 

こんにちは。編集長のモッピーだよー!

 

 

この前のお散歩の続きだよー!

 

今回は高台橋から北へ、コクーンシティまで

とことことお散歩―!

 

さいたま新都心駅前の信号を渡ったところにある

植え込みには「こぶしの木」が植えられていたよー!

 

 

片倉工業さんの設立70周年の記念に

平成2年(1990年)に植えられたみたいだね。

 

気になるから、調べてみたよー。

図書館のお姉さんに教えてもらいにトコトコと。

 

明治時代から日本の重要産業の一つに

製糸業がありましたが

 

その製糸業界をリードした工場がかつて

コクーンシティの場所にあったんだってー。

 

コクーンCOCOONとは

繭(まゆ)という意味

 

現在のコクーンシティ一帯は、

大正5年(1916)から

昭和46年(1971年)まで

片倉製糸さんの工場でした。

 

片倉大宮製糸所っていったのー。

 

片倉製糸さんは明治6年(1873年)に

現在の長野県岡谷市で製糸業を始めました。

 

事業の拡大のため、明治34年(1901年)に

大宮町仲町(現・大宮区)に進出、

 

そして

大正5年(1916年)に吉敷町(現・大宮区)

に移転。

 

昭和14年(1939年)には旧官営富岡製糸場を合併し、

民間最後のオーナーを務めるなど大資本の製糸会社に

なったんだってー。

 

高級生糸を生産!

 

大宮製糸所は数ある片倉さんの製糸所の中でも

代表的な工場でした。

 

というのは、ある画期的な機械を実用化し、

工場に導入したのー。

 

その機械とは、「御法川式多条繰糸機」!

 

なんだか難しそうだねー(笑)

 

 

低速で多数の生糸を繰り取ることで

生産量を確保する機械なんだって。

 

製糸の生産量を上げるために生糸を早く巻き取ると

生糸は切れやすくなり、品質が落ちてしまうからね。

 

質の改善と生産量の増加を同時に達成するために

 

御法川直三郎さんが多条繰糸機を

明治40年(1907年)に発明しました。

 

片倉製糸さんは実用化まで

御法川さんを全面的に支援したんだって。

 

それまでの機械では一人が受け持つ糸条数は

2,3条でしたが

 

多条繰糸機は一人で一度に10条以上の生糸を

繰り取ることができるようになったんだって。

 

この機械により大正10年(1921年)から

昭和初期の金融恐慌まで大宮製糸所の生産量は

増加し続けたんだってー。

 

図書館のお姉さん、ありがとう!

なんとなくわかったよー(笑)

 

「カタクラ・ミノリカワ・ローシルク」

高級生糸の代名詞として

世界の絹業界に知られたんだよー!

 

次に続くよー!

 

高級シルクのようなさわり心地、モッピーでしたー!

ほなねー。

またねー。

 

 

 

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