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室町時代に浦和で月待信仰が盛んだった件!②【調神社】

 

こんにちは。編集長のモッピーだよー。

今回は、モッピーの名探偵ぶりを発揮しますねー。

 

浦和で月待信仰が盛んだった理由を探る!

 

前回の記事の続きだよー!

 

 

勢至菩薩様をお祀りする二十三夜待!

その勢至菩薩様の化身と言われてるのが

月天子(がってんし)様なのー。

 

月天子様は月やその光明を神格化した神なんだよー。

 

写真は杉並区妙法寺の絵馬

二十三夜大月天王(月天子)様のお持ちになっている玉に

うさぎさんが!

 

謎が解けてきましたね!

 

月天子様がいる場所が月宮殿

うさぎさんは月にある月宮殿の使姫と言われています。

 

月宮殿。。。。

月の宮。。。。

つきのみや!

 

 

中世の浦和月待信仰が盛んだったのは

調神社月宮殿に見立てたことにあるみたいだねー。

 

調神社の正式な名称は「つきじんじゃ」だけど

浦和の人はみんな「つきのみや」って言うよねー。

 

そう!

皆様おなじみの!

狛犬さんではなく、狛兎さん!

 

中世における調神社の祭神は

木造の勢至菩薩様の像だったんだってー。

今は玉蔵院が所有してるみたいだね。

 

旅を好んだ僧の津田大浄は、文政2年(1819年)に

『遊歴雑記』に「二十三夜の宮と称す」と記してるよー。

 

文化4年(1807年)から天保5年(1834年)までの間に

江戸の郊外を旅した徳川清水家の御広敷用人の

村尾正靖(号は嘉陵)は、記録の中で

「勢至菩薩の森だという。」と記しているね。

 

そしてなんと俳句で有名な小林一茶さんも

寛政3年(1791年)4月11日には、深い森の中に鎮まる

「月よみの宮」に額突いたことを

『紀行』(一茶全集第5巻)に書いています。

 

色々知ると面白くなるよねー。

 

月からのお使いの姫と噂の

名探偵モッピーでした!

 

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